Just a small trigger



「あ、エレン。今日のサークルの飲み会なんだけど」
「オレ、パス。バイトあるって言っただろ」
「聞いたけど、今日リヴァイさんたちが来るんだって。言わないと君怒りそうだから、念の為……」
「行く」
「えっ……バイトは?」
「行くわけねぇだろ。──おい、ジャン!」
 エレンは講義室を出て行こうとするジャンを捕まえて、シフトの交換の交渉をはじめる。あいかわらずだ、とアルミンは苦笑した。
「ジャンが代わりに出ることになった」
 うしろから飛んでくる罵声を無視しながら満足げに戻ってきたエレンは、「で、リヴァイさんは何時に来るんだ?」と目を輝かせて聞いた。
「ジャンも優しいね……」
「おいアルミン、オレだってあいつのシフト代わってやったこと何度もあるんだぞ。それよりリヴァイさんは?」
「……20時過ぎだって。ハンジさんとミケさんと一緒に来るって。──ねぇエレン、」
 20時過ぎ、と繰り返してすでにそわそわとしはじめるエレンにアルミンは言った。
「あんまり、あからさまなことしないでね」
「なんだよ、あからさまって」
「だからさ。……酔わせて、お持ち帰りしようとかそういうやつ」
「──バカ、そんなことするかよ」
 エレンは顔を真っ赤に染めている。これは図星か、そんなこと思いつきもしなかったか。どちらだろう?
 リヴァイは、エレンとアルミンの所属するボランティアサークルのOBだ。サークルなんて入らねぇと言っていたエレンが、アルミンの付き添いで参加した新入生歓迎会で出会ったのがリヴァイだった。エレンは彼に一目惚れをし、暖簾に腕押し状態の片思いを三年近くもつづけている。
 この幼馴染のことをアルミンはよくよく知っているつもりだったが、リヴァイへの執着だけは例外だった。長い付き合いのなかでも彼が他人にここまで入れ上げているのを見るのははじめてで、いまだにその真意を計りかねている。
「それにリヴァイさんが飲み会くらいで酔っ払うわけないだろ。……お持ち帰りなんて、」
 ひとりでぶつぶつとしゃべりつづけるエレンを眺めながら思う。これがエレンの恋する姿だというのなら、今までの彼の恋愛のようなものやその相手は、恋ではなかったのだろう。
「素直に告白してみればいいのに」
「……何度も言ってる」
 エレンはふくれながら答える。告白してたのか。アルミンは目をまるくする。
「だって隙がないんだ、いつも。好き、……って何度も言ってるのに、毎回『そうか』で終わりだし。でも別に振られるわけでもないし……」
「そっか」
 おそらく、リヴァイはエレンの気持ちを本気だとは思っていないのではないだろうか。ハンジたちに「リヴァイの忠犬くん」と呼ばれているエレンは、好意が全面に出過ぎているきらいがある。アルミンの目から見ても、冗談か本気か計りかねるところがあるくらいだ。だけど。
「オレ、本当に……好きなんだけどな」
 エレンは片手で顔をおさえ、真っ赤な顔で言った。同性の幼馴染相手でもどきっとさせられる表情だ。
「そういうの、見せてあげればいいのに」
 本格的に恋する男の様相を見せはじめたエレンのために、アルミンは今夜一役買おうと心を決める。
 まずはハンジやミケに相談してみよう。


 そう思っていた、はずだった。


「オレ、リヴァイさん送って行くから!」
 酔ってしなだれかかるリヴァイをぎゅっと抱え、高揚した顔でタクシー乗り場へと向かうエレンを、アルミンはぽかんとした表情で見送った。


「ハンジさん! ミケさん!」
 アルミンは慌ててOBたちの席へ向かい、今見た光景を早口で報告する。
「リヴァイさんがあんなに酔ってべろべろになるはずないし、エレンにあんなふうに送らせるなんて……リヴァイさん、体調悪いんじゃないでしょうか? 大丈夫でしょうか? 幼馴染のことをこんなふうに言いたくないけど、まさかエレンが何か……」
 ハンジとミケは真っ青になっているアルミンをしばし眺め、一拍おいてから爆発したように笑いはじめた。ハンジの笑い声で店中の客が驚いてこちらを見ている。
「あっはははは!!!! リヴァイ、酔っ払っちゃったの!? で、エレンが送ってったの!? あははははは!!!!」
「ハンジさん! 笑いごとじゃ……」
「いや、笑いごとだよ」
 ハンジは目に浮かんだ涙を拭いながら、まだ笑っている。
「エレンのこと、どうすんの〜ってつっついたんだよ、私たち。そしたらさ、今まで受け流してきたからここからどうしたらいいかわからないって言うからさ。かわいい初心なおじさんのために、ちょっと入れ知恵してあげたんだよね」
「……つまり?」
「つまり、嘘。全然酔ってない」
 ──嘘。アルミンは何も言えずにふたりを見つめる。
「今頃リヴァイ、エレンの肩にもたれながら心臓バクバクしてると思うよ。シラフのまま、このあとどうしよ〜って」
 ハンジとミケは頷き合ってまた笑う。
「こんなにすぐ実践すると思わなかったから。このあとのことも教えておいてあげたらよかったね。オオカミさんの扱い方」
 気が抜けたアルミンは、すぐそばのいすに座り込んだ。こんなくだらないことで、うまくいくこともあるのだ。真っ赤な顔を突き合わせ、ぎこちなく恋をはじめているであろうふたりを思い、遅れて笑いがこみ上げた。




それを勇気とひとは呼ぶ

ワンドロお題:「飲み会」(2022/05/17)