ばさりと顔にかかった重たい布の感触。日差しが遮られてすこしのあいだは気持ちがいいが、すぐになかに熱気がこもって耐えられなくなる。まただ。オレが昼休みのおわりに机に突っ伏して昼寝をはじめると、決まってこうなる。誰がやったかなんてわかっている。いつものことだ。
「……おい、リヴァイ、いい加減にしろよ」
 諦めてからだを起こし、顔にかかったブレザーの上着を床に落とした。窓枠に半分腰かけるような体勢でペットボトルのお茶を飲んでいたリヴァイは、すまし顔で答えた。
「よくわかったな、俺だって」
「当たり前だろ、いつもいつも同じいたずらしやがって」
 匂いでわかる、とは言わなかった。リヴァイの上着はいつも、石けんのような清潔な匂いがする。そんないい匂いが制服からするやつは、他にいない。リヴァイは上着を拾い上げ、パタパタと汚れを払った。
「まぶしくて眠れねえんじゃねえかと思ってな」
「上着かけられる方が暑いって言ってんだろっ」
 休み時間のおわりを知らせるベルが鳴り、教室に教師が入ってくる。リヴァイはそのままオレの斜めうしろの席へ座った。
 よくわかんねえやつ。なんとなく、リヴァイに見られているような気がして、うしろ頭をガシガシと掻いた。
 リヴァイとは、高校三年生の今までクラスがずっと一緒だった。そのせいか、とてもよく気が合うとは言えないが、なんだかんだで一緒にいることが多い。過ごした時間は長いのに、いまいちよくわからないやつだと今でも思う。この行動はその筆頭だ。オレが寝ていると、いつも上着を顔にかけてくる。


「昨日言ってた漫画、貸してやるよ。オレちょっと先輩に呼ばれてるから、ちょっと待ってて。一緒に帰ろ」
 放課後、帰ろうとしているリヴァイを呼び止めた。リヴァイは素直に頷き、もう一度自分の席に座って本を読み出した。いつも一緒に帰る約束をしているわけじゃないから、オレたちはこうやって何かにつけて互いを呼び止める。
 用事を済ませていそいで教室に戻る。思ったより時間がかかってしまい、教室のなかは静まりかえっていた。
「悪い、待たせた──」
 そう言いながら扉を開けて、オレは立ち止まった。
 リヴァイが腕に頭を乗せ、机に突っ伏して眠っていた。指さきをページとページのあいだにはさみ込んだまま、すやすやと。
 オレは静かに机のそばに歩いて行き、眠っているリヴァイの顔を眺める。前髪の隙間から、長いまつ毛とうすいまぶたが覗いていた。血管が透けて見えそうだ。頬に、手に持ったままの文庫本のふちが当たっている。跡になりそうだったので、そっとずらしてやった。こいつ、こんなに肌きれいだったんだな。指さきに触れた肌のなめらかさにどきりとする。
 そのとき、教室のうしろの扉が開いた。
「あ、エレン。……と、そこにいるのリヴァイ?」
 女子生徒がひとり、忘れものしちゃったと笑いながらこちらに近づいてくる。オレは反射的に、いすにかけてあった自分の上着をリヴァイの上にかぶせた。
「寝てる」
 オレがすぐにそう言うと、彼女は「なんで隠すの」とわざとらしくキョロキョロ覗き込むような仕草を見せた。
「リヴァイが寝てるなんてめずらしい。寝顔見たかったのに」
 彼女がくすくす笑いながら教室を出て行って、オレはなんとなくホッとする。
「……暑い」
 リヴァイが上着をかぶったままのそりと起き上がり、オレはびくりとして振り返った。
 いつもきちんと分けられた前髪が、寝乱れてリヴァイの表情を幼く見せていた。オレは後ろを振り返って誰もいないことを確認すると、上着をとって、リヴァイの髪に指を伸ばす。
「髪、ぐちゃぐちゃ」
 柔らかい髪に指をさしこみ、そっと梳いて直してやると、リヴァイがぴくりと震えた。驚いた表情で、短く息を吸い込む。大きく見開かれた瞳に見つめられ、オレの方がどうしたらいいのかわからなくなって、視線を逸らした。
「顔にかけられると暑いだろ。オレの気持ちわかったか」
 わざとぶっきらぼうにそう言うと、リヴァイは真っ赤になって言った。
「……お前こそ、俺の気持ちがわかったんじゃないか」


ほかの誰にも見せたくない

ワンドロお題:「寝顔」(2022/04/30)