What a cute boy!



 調査兵団は、そのときどきの時勢や壁外調査の結果、団長への人々の信頼や人気などによって、その地位や評判を大きく左右してきた団体だ。また、その決定権は実質すべて団長に与えられているため、団長が変わることにより兵団内のシステムもがらりと変わるというのはままあることである。そのため「昔は良かった」という古参兵の言葉に尾ひれがついて、新兵が勘違いをすることも少なくない。
「──兵長、すこしよろしいでしょうか」
 だから、顔を赤らめ怒ったような表情でエレンが聞いたことも、リヴァイにはその手の話だとすぐにわかった。
 他の兵士に尋ねられたときには「噂を鵜呑みにするな」と訂正をするのが常だったが、この日はどうしてかすこしからかってやりたくなった。すこし前から、この新兵が自分に妙な執着を抱いているのに気がついていたからだ。
 人の上に立つ肩書きを持っているからか、リヴァイに対して尊敬の域を超えた気持ちを抱く兵士はときどき現れる。期待を持たせるようなことはしないと心に決めてやってきたが、なぜかエレンに対しては抱いてしまうのだ。ちょっとつついてやりたい、からかってやりたいという子どもじみた気持ちを。
「なんだ」
「あの、先輩たちが話しているのを聞いたんですが……昔は、調査兵団付きのメイドがいて、階級のあるひとにはそれぞれの部屋にひとり担当メイドがついてたって本当ですか?」
「あぁ……確かに、いたな」
 リヴァイも知らない昔のことだが、確かにいたらしい。シャーディスが団長の時代に彼女たちの仕事は減り、エルヴィンに代わってからは予算削減のために一掃されたはずだ。
「なぜそんなことを聞く」
「……先輩たちが、……そのメイドが、〈いろんな〉お世話をしてくれたらしいって」
 それは聞く理由じゃないだろう。そう思ったが、黙っていた。リヴァイは話しながらもじわじわと顔を赤らめ続け、今では耳まで真っ赤になっているエレンの顔を眺める。いろんな、と強調したところで、どうしてこの子どもがこんなにも怒った表情をしているのか合点がいった。つまるところ、エレンはリヴァイにも部屋付きのメイドがいたのかどうか気になっているのだろう。そのメイドがリヴァイに対し、〈いろんなお世話〉をしてくれていたのかどうかということも。
「──そうだな。俺もいろいろと世話になった」
 ちょっとしたいたずらのつもりだった。一生懸命さを隠さないその表情を、かわいいと思ってしまったのだ。エレンの真っ赤な顔に青みがさし、絶望したような声で言った。
「今も、……いたらいいと思いますか?」
「……そうだな、いたら兵団内もすこし明るくなるかもしれないな。仕事も減るし、俺も助かる」
 兵舎が清潔に保たれるであろうことは、実際に歓迎すべきことだった。しかし今の調査兵団にそのような余裕はなく、「冗談だ、」と言いかけてリヴァイは口をつぐんだ。エレンが震えていたからだ。怒りの臨界点を突破して、それが涙となって目に溜まりはじめていた。
「オレ、掃除ももっと頑張ります。兵長がお望みなら兵長のお部屋も担当しますし、……着替えや湯浴みだって、手伝わせてもらえるなら、オレ」
「……おい、……待て、冗談だ」
「もし兵長が女で華やかな方がいいって言うなら、……服だって」
「待て待て、落ち着け、泣くな」
「泣いてません」
 バレバレの嘘をつく子どもがかわいくて、思わず顔を背けて吹き出してしまった。我ながららしくない行動に驚きながら、咳払いをしてごまかす。
「……悪かった。冗談だ。昔メイドがいたらしいというのは本当だが、俺が入団したときにはもういなかった。当然俺の担当なんてのもいたことはない」


 エレンはまた顔を真っ赤にして怒り、目のふちを拭いながら出て行ってしまった。自分がどうしてこんなに怒っているのか、あの子どもは自覚しているのだろうか? 自分に怒る権利などないことに、気がついているのだろうか?
 リヴァイはひとりになった部屋で、エレンが言いかけていたことを思い出す。リヴァイが望むのなら、メイドの服だって着る、と言うつもりだったのだろうか。
「なんなんだ、あいつは本当に」
リヴァイは自分の部屋に鍵をかけ、ひとしきり笑ってからつぶやいた。




かわいいあのこ

ワンドロお題:「メイド」(2022/05/12)