We're all aware of that.



「ほら、また着てるだろ」
「……たしかに、いつも君のだね」
 昼食休憩を終え、午後の訓練任務に向けて待機をしている新兵たちは、離れたところで団長と会話をしている兵士長の様子を伺った。
「さっき替えのジャケットを、兵長がいつもすわる場所の近くのいすにかけておいたんだ。兵長、昼食のときジャケット着てないことが多いからな。ほら、ちょっと袖が長いだろ?」
「……わざわざ持ってきて置いたの?」
「? だって、兵長が着たいと思ったときになかったらかわいそうだろうが」
「そういうものかな……」
 アルミンは苦笑する。リヴァイ兵長がいつも他人の服を適当に手にとって着ているらしい、と気づいたのは、定期的にエレンの服が一、二着見当たらなくなることがきっかけだった。同期のジャケットを調べても彼のイニシャルの入ったものは見当たらない。しかし洗濯係から返ってきたものを確認すると、きちんと戻ってきているのだ。かけてあったものを誰かが着て、きちんと洗濯に出している。不思議に思っていたある日、兵士たちの前に立って話すリヴァイが着ているジャケットが、自分のものであることにエレンは気がついた。先日、目立つかたちに襟に傷を入れてしまったのだ。
 そのことに気づいてから注意して見ていると、また別の日も、リヴァイはエレンのものをとって着ているようだった。そしてエレンはアルミンに実験を持ちかけたのだった。「兵長はオレの服を選んで着ている」説の立証を。

「あれエレンのだって気づいてないのかな……ほんとうに誰のでもいいんじゃ」
「バカ言ってんじゃねぇよ! あえてオレの選んで着てるに決まってるだろ」
「……エレン、嬉しいの?」
「は?」
「いやだって、兵長が自分の選んで着てることにしたいみたいだから」
 あえて直接的な言い方をしてみたが、エレンはう〜んと考え込んでいる。リヴァイが無自覚か否かのまえに、まずこちらが自分の気持ちに気づいていないようだった。
「じゃあ、僕のジャケットも持ってこようか。あとで兵長、必ずハンジさんたちとお茶休憩するだろう。あの場所に僕のとエレンの、並べて置いておこうよ」
「いいよ。兵長は絶対オレのを着るから」
 エレンは自信満々だ。


 そうして夕方の休憩時間、エレンとアルミンは上官たちの集まる会議室を覗く。正式な会議があるとき以外は開け放されており、彼らはここで夕食までの時間を過ごしていることが多いのだ。ふたりはこっそりと室内に入り、いすにあえて無造作にジャケットをかけて本棚の奥に隠れる。
「ねぇエレン、こんなふうに覗いてるところが見つかったら……」
「お茶のおかわり用意しようと思ってましたって言えばいいだろ」
 そんなばかな、とアルミンが返そうとしたところで、奥の扉がひらいてリヴァイが入ってきた。
「あ、……きた」
「座った……お茶、自分で淹れてたんだね兵長」
「……そうだな」
「あ、ふうふうしてる。……なんか、かわいいね」
「……お前、上官をそういうふうに見るなよ」
 むっとした顔で自分を見るエレンを、アルミンは内心で笑う。
 ──ほんとうに、無自覚でこれなんだから。
 自分がどうしてこんなことを立証したいのか、考えたこともないのだろう。
 すると突然半開きだった扉が開け放され、エルヴィンが部屋に入ってきた。ふたりはびくりと肩を震わせ、からだを縮こまらせる。
「やぁリヴァイ。ここにいたのか。ちょっと来てくれるか、今外に補給品の荷馬車を改良した試作車が来ているんだ」
 リヴァイは残念そうにあたたかい紅茶に目を落としたあと、「了解だ」と素直に立ち上がった。近くのいすにかけてある二着のジャケットを見やり、歩きながら一着を手に取り羽織る。
「……ほらな!」
 エレンは小声で、しかし興奮した様子で言った。
「兵長、オレのを絶対選んでる。今もオレの方が遠かったのに──」


 それから何度か実験を繰り返すも結果は同じで、アルミンもリヴァイが自覚的にそうしているのだろうと言わざるをえないほど、彼は間違いなくエレンのものを選び取った。特にジャケットはほぼ百発百中で、あえて違うもの──昨日はふたりのシャツをリヴァイの洗濯物に紛れ込ませてみた。すると今朝、リヴァイが袖の余る大きなシャツを不機嫌な顔で身につけており、アルミンが隣を見ると、エレンは嬉しそうにゆるむ頬を必死で隠していた。
「……僕のほうかもよ」
 ちょっといじわるなことをささやくと、絶対オレのだと自信満々にエレンは言う。
「もう実験はいいよな。確認しよう、アルミン」
「……え」
「兵長!」
「……なんだ」
「すみません、ちょっと失礼します」
「え──ちょっと! エレン!」
 会議室に向かうリヴァイを引き留めたエレンは、一度敬礼をしてから迷いなくリヴァイの首もとに手を伸ばす。そのまま襟に指を入れて、裏側のタグを確認した。
「あ……ほら、オレのだ。E.Y.って書いてある。な? やっぱり兵長、いつもオレのを……」
 エレンは笑顔でアルミンを振り返る。しかし彼が幼馴染のあまりの不躾な行為にあんぐりと口を開けて青ざめているのを見て、ようやく我に返ったようにあわててリヴァイから離れ、敬礼をした。
「……失礼しました! オレ、兵長が……、って、えっと」
「え」
 アルミンも驚いて声をあげる。
「兵長……?」
 リヴァイを見つめてふたりは目をまるくする。首から耳まで、じわじわとリヴァイの肌色が赤くなっていったからだ。
「……これ、お前のだったのか」
 心底恥ずかしいといった様子で、彼は口をひらいた。
「えっと、はい……兵長、気づいてなかったんですか」
「……まったく」
「あの、オレ……兵長、あえてやってるのかと……」
「どういう意味だ」
「だから、その……オレの服、着たいのかなって」
 リヴァイにつられたようにエレンもしどろもどろになりはじめ、ふたりはもじもじとジャケットをいじりながら話している。
 ──驚いた。
 これは、思ったより早く結果が出るかもしれない。そう思いながらアルミンは、そっとエレンとリヴァイのそばを離れる。ふたりはまったく気づかない。


 ぎりぎりの時間にエレンが袖の短いシャツをひっぱり、リヴァイがあまった袖を折りながら現れる朝がやってくるのはもうすこし先の話だ。やっぱりそうなったの、とこっそり耳打ちすると、「お前はほんとうによく気づくよな」とばつの悪そうな顔でエレンがこたえるのも。

気づいてないのは彼らだけ

ワンドロお題:「気づいて」(2022/05/31)