※二年後の春の話





 数日前、エレンは二十歳の誕生日を迎えた。早生まれの彼は「オレの人生の節目は十八だったから、二十は大したことない」と常々口にしていたが、飲み会のときだけはつまらない思いをしていたらしい。周囲の同級生たちがどんどん成人を迎え、誕生日を祝い合い、慣れない酒を煽って早々に失敗経験を積んでいく中、エレンはコーラを飲みながら自分の成人する日を辛抱強く待った。
「だって、最初はリヴァイさんと一緒がいいですもん」
 当然のことながらもそのことについて一度褒めてみたとき、あっさりとした態度でエレンは言った。そもそも別にそんな酒が飲みたいわけじゃねぇし。ただ、と続けた。
「リヴァイさんと一緒に酒飲めるのは楽しみ。今も楽しいけど、一緒に楽しめることが増えたらもっと楽しいでしょ」
「……そうだな」
 エレンの真っ直ぐな愛情にくすぐったさを覚えながら、リヴァイは答える。リヴァイ自身取り立てて酒が好きなわけではなかったが、エレンと一緒に晩酌をする日が来ると思うと悪くない気がした。
 誕生日当日は平日で、記念すべき初めての「飲み会」は週末へと回された。春休みを利用して、エレンもしっかりアルバイトのシフトを組んでおり、平日はゆっくりと一緒に過ごす時間がなかなか取れなかったのだ。
 それでもささやかにケーキを買って祝い、リヴァイはエレンに腕時計を贈った。この先就職しても使えるように、とエレンの世代にしてはすこし大人びたデザインを選んだつもりだったが、逞しい腕にはめると思いの外よく似合った。
 
 *
 
 土曜日は、気持ちの良い晴れの日だった。
 カーテンを通し、部屋全体に春のぼんやりとあたたかい光が充満した寝室の中で、エレンはまだ眠っている。昨晩の彼は帰りが遅かったのだ。
 そっとベッドを抜け出し、先に身支度を終えたリヴァイはベッドの縁に腰かけ、すやすやと眠るエレンを見下ろした。今、エレンの髪はまた短く切られている。こうやって無防備に眠っている姿を見ると、まだ幼い少年だった頃の彼を思わせる。起こさないようにそっと、その短い髪に指先を差し入れた。
 エレンは高校を卒業した頃から、一度髪を切るとそのまましばらく伸ばし、邪魔になったら縛り、そうしてある日「いい加減うざったいんで」と突然短く切ってくるということを定期的に繰り返しすようになった。だから何度も見ているはずなのに、エレンの髪型が変わるたびにどうしてもどきりとしてしまう。悔しいくらいになんでもよく似合う男なのだ。エレンが髪を切ると、アルバイト先のコーヒーショップの回転率が下がる、と何かの折に彼の友人に教えてもらったこともある。
 そんなことを思い出しながら長いまつ毛にそっと触れると、吹き出すように笑ってエレンが目を開けた。大きな瞳に部屋の中の光が反射してキラキラと光る。リヴァイは驚いて手を引っ込めた。
「……起きてたのか」
「さっき。まつ毛触られると思わなくて、笑っちゃった」
 布団の中から両手が伸びてきて、腰を抱き寄せられる。されるがままに、リヴァイはほかほかの布団の中へともう一度ひっぱり込まれた。起きたばかりのエレンからは、太陽のような匂いがする。素直にエレンの背中に手を回し、胸に顔を埋めて大きく息を吸った。スウェット越しに感じる逞しい胸の筋肉の感触を、頬擦りをするようにして確かめる。「くすぐったい」とエレンは笑いながら、リヴァイの髪の毛に鼻先を埋めた。
「──リヴァイさん、もう着替えたの」
 エレンの身体に耳を当て、直接響く声を聞くのは気持ちがいい。寝起きのとろんとした声につられて、リヴァイも目をつぶってゆっくりと答えた。
「俺はこれから買い物に行くが。お前はもうすこし寝てるか」
「ん~……」
「今夜は飲むんだろ。美味いものを作ってやる」
「そうだった」
 エレンはリヴァイの顔を覗き込み、嬉しそうに笑った。
「オレも行きます。準備するからちょっと待ってて」
 慌てて身支度を整えたエレンを待って、ふたりはのんびりとした三月の空気の中へ歩き出した。出がけに「上着いるかな」とエレンは悩んだが、すこしの外出だから大丈夫だろうというリヴァイの意見は正解だった。柔らかな風が吹くあたたかな日差しの下、ふたりは八分咲きの桜並木を通り抜ける。
「もうすぐ満開ですね。来週でしたっけ、花見」
「ああ」
 偶然職場の部下たちの花見にはち合わせし、一緒に飲むことになった二年前の春以来、リヴァイはその会に毎年誘われるようになった。ぜひ一緒にと彼らの熱心な誘いを受け、いつもエレンも同席している。社内にはエレンのファンが多く、噂が噂を呼んで、花見の会は毎年少しずつ規模が大きくなっているのだった。
「懐かしいな、最初のとき。ここに引っ越してきてすぐの頃でしたよね」
「お前が大学に入ってすぐだったな」
「そう。今年もあいつら花見してたみたいです。オレはバイトで行けなかったけど」
 エレンの同級生たちの花見も恒例行事となりつつあるようだった。リヴァイは二年前ののことを思い出す。エレンが今はすっかり仲良くなった「あいつら」に連れて行かれ、急に心細いような、さみしい気持ちになったことも。あのとき、自分の心に湧き上がった子どものような感傷に自分でも驚いた。
「オレ、あの日の夜のことすごいよく覚えてる。リヴァイさん、覚えてます?」
 しんみりと思い出して黙っていたところに突然問われ、リヴァイはすぐに返答ができなかった。夜?
「……珍しく、俺がすこし酔ったんだったか」
「うん、それもそうだけど。そのあと」
 ──そのあと。
 迎えに来たエレンに連れ帰られ、酔いに任せて思いきり甘えてみた。自分が珍しく思い切った行動をしているという自覚はあったし、そのときのふわふわした気持ちをよく覚えている。しかし、エレンと自分の間に温度差があることに気づいた。正しくは、温度差があると思い込んだ。急にどうしようもない恥ずかしさに襲われて、エレンを拒絶した。そして──
「……あ、覚えてる。その顔は」
 エレンにニッと笑ってそう言われ、リヴァイは自分の顔が赤くなっていることに気がついた。
「うるせぇ」
「リヴァイさん、あの頃はすごくオレに気を遣ってましたよね」
「それはお前もだろ」
「うん。……リヴァイさん、あの頃はあんなに控えめだったのに。あれからずいぶんエッチになっちゃいましたね」
 エレンが声のトーンを落として言い、リヴァイは目を見開いてエレンの顔を見た。
「……お前は、ずいぶんねちっこくなったな。あの頃は爽やかなもんだった」
「好きなくせに」
 エレンは笑い、歩きながらすぐそばで揺れているリヴァイの手の甲に自分の甲をそっと触れさせた。一瞬感じた皮膚の温度だけで、心がほどけるように安心する。エレンの高い体温は、今やリヴァイにとってなくてはならないものだった。
「オレ、あの頃焦ってばっかりだったな。せっかくリヴァイさんと恋人同士になれたのに、いつまでも子どもで」
 リヴァイがちらりと横を見ると、エレンは遠いところを見るような目をしている。
「リヴァイさんから見るオレが、いつまで〈かわいいエレン〉なんだろうって、もやもやしてました、ちょっと」
「……仕方ないだろ。お前がかわいいんだから、今も」
 そう言いながら、エレンの言った「あの夜」のことを思い出す。あの夜、勇気を出したのはエレンの方だった。一五も年上でありながら、自分の本心を出す勇気がなく、エレンにリードされて甘えた。あのときエレンはまだたったの一八歳だった。
 十分に大人だ、自分よりも精神的にずっと。リヴァイはそう思う。
「でも、この二年でずいぶん……しっかりしたのは、確かだな」
「本当ですか。リヴァイさんにそう言われると嬉しいな」
 笑った顔はかわいい少年だった頃を思わせるが、その笑顔を見上げる首の角度は年々広がっていき、今では二〇センチ以上の身長差をつけられてしまった。身体は分厚くなり、今着ているシャツの下に、きれいな大人の筋肉がついていることをリヴァイは知っている。
「あ、そうだ」
 エレンは思い出したように言った。
「オレ、院に進学しようと思ってます。院試はまだ先ですけど……だから、今年三年ですけど、就活もしません。一応報告」
「そうか」
 なんとなくそんな気がしていた。すこし前から自分の興味の向く方向性がわかってきた、少人数のゼミ形式の授業が楽しい、とエレンが言っていたのだ。
「リヴァイさん、嬉しそう」
「別に嬉しいわけじゃないが。そうだな、悪くないな」
 一瞬強く風が吹き、ふたりは「お」と声を出しながら立ち止まる。目の前に桜の花びらが盛大に舞い上がり、そしてゆっくりと散っていった。
 桜がひらひらと空気の中を舞って落ちていく季節は、ときどき目の前の景色がスノードームの中にいるかのように止まって見えることがある。目の前でベビーカーを押す母親も、大学生らしいカップルも、ランニングをする男性も、皆が一度強風に足を止め、舞い散る花びらを見上げてからもう一度歩き出した。ガラスに閉じ込められ、作り上げられたように完璧に見えた景色は、またゆっくりと動き出す。
「ねぇリヴァイさん。オレ、昼間がいいなぁ」
 エレンがのんびりとした声で言った。
「昼間?」
「ベランダでビール、昼間っから、ってやつ。やってみたい」
 大人になったばかりの青年は、子どものように笑って言う。
「いつも言うんですよね。先にハタチになった奴ら、昼間っから飲むビールは最高だってすげぇかっこつけて。別に悔しいわけじゃないけど、なんかムカつく」
「いいのか、せっかくいいものもらったのに」
 誕生日に合わせて、エレンの両親から記念にとワインが送られてきていたのだ。今夜はそのワインを開け、エレンの成人を祝う予定だった。
「それはまた今度で。そーゆーくだらないこと、リヴァイさんと一緒にしたい」
 悪くないな、とリヴァイも笑った。ベランダで呑み食いするのに、こんなにうってつけの日はないだろう。
 
 毎年桜が咲く季節になると、駅に向かう道に並ぶ店では、その店先で花見客向けにテイクアウトできる食べ物を売り始める。いつもは通り過ぎるその店先で、焼き鳥、フライドポテトに枝豆、ベーコン串などを買い込み、スーパーマーケットに寄って缶ビールや酎ハイを抱えて帰路に着く。
「そういえば結局、リヴァイさんとボウリング行ってないな。オレやっぱり才能ありましたよ、あのあとも何回か行ったけどスコアけっこう出ました。リヴァイさんと勝負してぇな」
 そう言えば二年前の花見のとき、そんなことを言っていたような気がする。
「午後に行ってみるか。お前が潰れてなきゃの話だが」
「潰れませんよ、多分」
 親も酒強いし。でも、とエレンは続けた。
「やめておきます。今日はリヴァイさんと時間をかけて、もっと楽しいことしたいから」
 ──時間をかけて、楽しいこと。
 真っ先にベッドのなかで自分にささやきかけるエレンの姿が思い浮かび、慌ててその画を頭から振り払う。また変な想像してる、と勘違いをからかわれる気がして、「こんないい天気だしな」と曖昧な返事をした。
「──酒飲むと勃たなくなるって、ほんとかな」
 思わず顔を上げてエレンの顔を見ると、ニヤニヤと笑っている。
「そっちの意味です」
「……かわいくなくなったな」
 エレンは満足げに笑った。
 
 *
 
 リビングの窓を開け、ベランダにピクニックラグを敷いた。去年の春に買ったもので、あたたかい時期には時々、これを持って公園へ出かける。ベランダに敷いたのは初めてだった。ローテーブルをベランダに出し、そこへ食べ物や飲み物を並べ、床にはラグを引っ張ってきて敷き、クッションを並べた。エレンは窓の縁に腰をかけ、半分室内、半分屋外のような状態になって座る。
「うわ、これ、最高。リヴァイさん早く」
「どうするか、ビール」
 リヴァイはキッチンからエレンに向けて、グラスを掲げて見せた。
「そのまま飲もうかな。缶の方が、〈昼間っからビール〉のこなれた感じがする」
「ガキだな」
「確かに」
 そう言って笑うエレンを見て、リヴァイは年甲斐もなく、そして今さらのようにエレンに心臓が甘く痛むようにどきりとさせられた。リビングを抜け、冷えたビールの缶を運びながら、リヴァイは改めてエレンを観察する。
 ──こいつはモテるだろうな。
 大人びたところと、子どもっぽさの両方を持っているし、年上の自分と付き合っているせいで、きっと同世代の奴らよりも自分が子どもであることをきちんと認めているに違いない。自分が子どもだとわかっているから、変に大人ぶることもしない。かっこつけたがる彼らの年代の中では、それが逆に垢抜けて見えるだろう。
「……なに?」
「いや、何も」
 目が合って、突然空気が甘くなったのを感じた。最近リヴァイは、自分の考えていることがエレンに筒抜けなのではないかと思うときがある。今も、きっと。
 手をとって引き寄せられ、エレンの隣に膝をついた。そのまま当然のようにゆっくりと顔が近づいて、エレンのくちびるがリヴァイのそれに重なった。ちゅ、と音を立てて離れ、目が合ってからまた口づけられる。今度はもっと深く。
 エレンの両手がリヴァイの後頭部と腰にまわり、両手が缶でふさがったままのリヴァイは、そのやさしい拘束をされるがままに受け入れた。刈り上げたうなじを人差し指で逆立てられ、ぞくりと皮膚が粟立つ。思わず重いため息を吐き出すと、そのため息ごと食べてしまおうとするかのように、エレンの歯がリヴァイの下くちびるを甘噛みして引っ張った。その途端、なんとも言えないむずがゆい気持ちよさが身体に走る。歯を立てられ、引っ張られる。角度や強さを変えて、何度も。その繰り返しに次第に身体の力が抜け、冷えた缶がリヴァイの膝の上に落ちた。
「おっ……と」
 エレンはそれを拾い上げ、自分の腕のなかでくたくたになっているリヴァイを見つめた。その愛おしげな表情に急に恥ずかしくなり、リヴァイは目を逸らす。
「……何だよ」
「いや、──何も」
 もう一方の手に握られたままの缶も受け取り、エレンはもう一度触れるだけのキスをした。
「おい、ここベランダだぞ……」
 自分でも今さらだと思いながら、リヴァイは言った。半分ガラスになったベランダからは、住宅街から公園へと続く淡いピンク色の連なりが見える。
「キスくらいいいでしょ。ほら、早くちゃんと座って」
「誰のせいだと」
 ぶつぶつ言うリヴァイを横目に、エレンは気持ちのいい音を立ててプルタブを開けた。それをリヴァイに手渡し、自分の分の缶も開けると、ニッと笑ってそれを掲げた。
「──乾杯」
「誕生日、おめでとう」
 エレンはくしゃりと笑った。リヴァイは自分の口元に缶を持っていきながら、エレンがその最初の一口を飲み下すのをじっと見つめる。上向いた顎から喉仏、首すじへと続く線がきれいだった。かすかに眉間に皺を寄せて喉を鳴らし、そのままもうひと口。喉仏が上下するのを観察していると、エレンはその視線に気づいて笑い出す。
「……苦い」
「だろうな」
 つられてリヴァイも笑い、ようやく自分の分のビールに口をつけた。エレンはもうひと口飲んで、また顔を顰める。
「気持ち、全然わかんねぇ。──これ、リヴァイさん本当にうまいと思ってます?」
「まぁな。ほら、まずはこっちにしたらどうだ」
 ビールと一緒に「念の為」買ってきた、まるでジュースのような酎ハイをこんこんと床に並べていく。
「ガキっぽくて嫌だな」
「ほらこれとかどうだ。カルピス好きだっただろ」
「リヴァイさん、絶対わざと言ってますよね……」
 エレンは膨れたままホワイトサワーの缶を開け、「うまい」と悔しそうにつぶやいた。その表情があまりにもかわいくて、リヴァイはエレンの髪に手を伸ばし、くしゃくしゃと撫で回す。ほんのすこしのアルコールが、いつもよりも素直な気持ちを行動で示しやすくしているような気がした。エレンは苦笑しながら、おとなしく撫でられている。
「お前はかわいいな」
「なんでもいいですよ、もう」
 ──幸せだ。
 焼き鳥も枝豆もビールもうまい。飲み下す液体は腹の中からじんわりと身体をあたため、幸福感で満たした。降り注ぐ春の日差しはあたたかく、空は薄青く、隣には同じように幸福そうに笑う恋人がいる。取り留めもない会話を交わし、飲み、食べ、ときどき思い出したように相手の身体に触れた。満たされた気持ちでそっとため息を漏らすと、同じタイミングで「気持ちいいな」とエレンが言った。同じように感じていることを素直に嬉しく思い、「気持ちいいな」と同じ言葉を返す。
「あ、今のいい。エロい」
「──バカか」
 そう返したものの、全く同じ気持ちだった。リラックスして、腹を満たし身体をあたため、同じ身体的な気持ちよさを味わってそれを共有することは、まるでセックスのようだと思ったのだ。どこも触れ合っていないのに、セックスしているときのようにぞくぞくと快感で満たされているような気がした。気持ちがいい。
 エレンはいつの間にか初めの缶を空け、次のものを飲んでいる。目が合うと、エレンはゆっくりと自分の飲んでいた酎ハイの缶をローテーブルに置き、リヴァイの缶も取り上げて同様に置いた。エレンが何を考えているかがよくわかって、心臓が早鐘を打ち始める。いまだにこんなことで、胸を甘く痛めてしまう自分に呆れてしまう。
 エレンの腕がリヴァイの身体にまわり、ドキドキとうるさい心臓を鎮めるように、エレンの身体に胸を擦り寄せた。洋服越しにエレンのあたたかな体温を感じ、それだけで気持ちよくてため息が漏れてしまう。エレンがぐっと体重をかけると、そのまま素直にふたりで倒れ込んだ。ラグを敷いたフローリングは、太陽の光でぽかぽかとあたたまっていた。
「リヴァイさん……オレ、酔ってるとか酔ってないとかまだよくわかんないけど、今すげぇ幸せでいっぱい。全部、気持ちいい」
「俺もだ。酒のせいか、腹のなかから全身が気持ちいい」
 手のひらで腹のあたりを示すと、エレンがその手に自分の手を重ね、指先でやさしく腹を押しながら撫でた。それだけでうっかり声が出そうになる。
「──ここら辺までくるのかな」
「何が」
「オレの。なかに入れたとき」
 ひくっと身体の奥が疼いた。エレンはそのまま指先を下半身に向けて滑らせる。いつからかはわからないが、リヴァイは自分が勃起しているのに気づいていた。もうずっと、気持ちよかったのだ。
「勃ってる」
 ふふ、とエレンが笑った。エレンの指先が敏感な場所を掠めて通り過ぎ、足の間を撫で、穴のある場所を洋服越しにとんと押した。
「ここから入れて、この辺までかな」
 するすると腹の上で動く指先に思わず腰が浮いて、手の甲を口に押し当てて声が上がりそうになるのを堪える。エレンはその手を取り、自分の足の間に押し当てた。そこはこんなにあたたかな光の中にいても、ハッとするほどの熱を持っていた。
「入れる?」
 耳もとで尋ねられて、鼓膜に響くエレンの甘い声に身体が震えた。そのあけすけな言葉による羞恥心すら気持ちよく、リヴァイは素直にこくこくと頷いた。形を確かめるように、洋服の上からエレンの性器を手のひらで包み込む。先端を指先で擦ると、耳もとで息を吸い込む音がして、手のなかのものがぐっと硬くなったのがわかった。いつものように抱え上げられ、寝室に連れて行かれるものだと思っていると、エレンはその場でリヴァイのズボンのベルトを外し始めた。
「っ、おい……」
「今日はここで」
 エレンは甘えるようにリヴァイの首すじに顔を寄せ、やさしく歯を立てた。
「ぁっ、」
「あったかくて、風も空気も気持ちよくて、でも室内なんて最高じゃないですか? このままここで、もっと気持ちいいことしたい」
「ばか、見える……っ」
 シャッと片手を伸ばしてレースカーテンを閉める。
「ほら。これ閉めれば見えない。ちゃんと遮像の買ってよかったな」
「音が」
「声は、ちょっと我慢してもらうけど。押さえててあげます」
 すでに手はぷちぷちとリヴァイのシャツのボタンを外しながら、エレンはすこし息を荒げ、余裕なさそうに笑った。その顔を見て、リヴァイは内心で早々に観念する。この笑顔に弱いのだ。
「オレの誕生日祝いなんだから、お願い聞いてくれてもいいでしょ?」
「──ばかやろう。誕生日は、王様になれる日じゃねぇんだぞ……」
 リヴァイがそう返す、エレンは一瞬キョトンとしてリヴァイを見つめたあと、吹き出して笑った。
「ねぇもう。またそんなかわいいこと言い出す……、何王様って。そんなこと言う王様いるの?」
 リヴァイが憮然とした表情で黙っていると、「本当に語彙がかわいいんだから」と笑いながら、再びベルトに手をかけ始めた。許されているのがわかっている。俺も大概甘い、と自分に呆れながら、明るい光を遮って自分を上から見下ろす男を見つめた。太陽の光が当たり、髪の毛や肌の線がキラキラと光っている。こんなに幸福な光の中で、目の前の男に抱かれることの喜びに胸が震えた。煩悩に弱いのは、自分も同じだ。
「──声、抑えてて」

 *
 
 シャツの隙間からぴんと立った乳首を摘まれながら、ほとんど服を着たまま後ろから突かれた。クッションに顔を埋めて必死に口を塞ごうとしたが、堪えきれない声が漏れるたびにエレンが片手を伸ばして口を塞いだ。荒い息づかいと、じゅぷじゅぷと淫雛な水音だけが響いている。こんな明るい光の中で抱き合ったことも、ここまで必死に声を抑えたのも初めてだった。
「……っ、ぁっ……、っん」
「リヴァイさん、」
「や、だ……ゆっくり、やめ、」
「ゆっくりいや?」
 エレンは先ほどから、じわじわととろ火であたためようとでもするかのように、ゆっくりゆっくり腰を振る。強く速く攻め立てられるより声が我慢しやすいと思ったが、じりじりと擦り上げられることで、自分のなかを侵すエレンの存在をより強く感じてしまう。なかに入れられたままぐぐっと押し込まれて、いつもよりさらに深い場所を押し開かれるような感覚があった。
「あっ……、ふ、かっ」
「さっき言ってたの、この辺かな」
 エレンはリヴァイを後ろから抱きしめながら、するりと指先で腹を撫でる。押し込んだままエレンは動かず、もどかしさにぴくぴくと身体が震える。
「ここ、」
 押し込んだペニスを奥にぐりぐりと擦り付けられ、リヴァイはクッションに噛み付くようにして悲鳴のような声を抑え込む。あまりにも気持ちがよくて、目の前がチカチカした。知らず知らずのうちに腰が動いてしまう。
「この奥、入りたい」
 ──この奥?
 それ以上奥なんてない。そう言いたかったのに、息が止まって身体がガクガクと震えた。エレンが奥をノックするかのように、とんとんとゆっくりと突いたのだ。
「ひ、ぃ、……っあ、やめ、っ」
「だめ?」
「だめ、っだめ……」
「たぶん、この辺りかな。もうちょっと奥」
 エレンは臍の周辺をあたたかな手で撫で、時折ゆっくりと押す。そのまま奥を、今度はすこしずつ強く、速く突き始める。
「……エレ、……っ、ぁっ、く、や……っ」
 今度はもう声が抑えられなかった。外側から刺激されても、意味なんてないはずなのに。
 エレンが挿入するのに合わせて指さきで揺らすように腹を刺激するので、どこをどんな風にエレンのペニスに侵されているのかを想像してしまう。気持ちがよくて、目の端からぽろぽろと涙がこぼれた。
「あっ」
 ──もうだめ、出る。
 するとそれを感じ取ったのか、エレンは激しく突き込んでいた動きを止め、片手で汗を拭いながらリヴァイの身体を仰向けにひっくり返した。抜かないまま、なかをぐるりと刺激される。自分のなかがズキズキと脈打っているような気がした。
「エレン、俺、もう……」
「イっちゃいそう……?」
 こくこくと頷くと、また目尻から涙がこぼれるのを感じる。エレンは髪を片手でぐいとかき上げ、こぼれたリヴァイの涙を舌で拭った。挿入が深くなり、イキそうになっていた身体がびくびくと痙攣する。
「リヴァイさん、ごめん……もうちょっと、付き合って……」
 苦しげに眉を顰めながら言うエレンがセクシーで、思わずエレンの首に腕をまわして引き寄せ、めちゃくちゃなキスをする。なかが自分の意思とは無関係にぎゅうぎゅうとエレンのペニスを締め付けている。そのままエレンがぐっと体重をかけ、激しく腰を振り始めた。
「気持ち、……っぁ、もう、」
 ずっと身体が小刻みに震えている。今度こそ出る、そう思ったときにまた、エレンがピストン運動を止めた。
「なんで……っ」
「こっち」
 その問いには答えず、エレンはリヴァイを抱き上げて自分の上に座らせた。一度浅くなった挿入が、リヴァイのなかを擦り上げて再び奥深くまで入り込んだ。
「う、あ、あっ……」
 敏感な場所を硬いもので抉るように擦られ、我慢できずに上がった高い声をエレンがくちびるで塞いだ。エレンのペニスがまた奥をとんとんとノックする。身体中が快感にがくがくと震え、エレンのシャツをぐちゃぐちゃに掴み、爪を立てて耐えた。ぎゅうと縮こまっていた身体が弛緩し、思わず大きく息を吐く。ほんの数秒、リヴァイの呼吸が整うのを待つと、エレンが再び身体を揺すり始めた。
「あ、待て、今イッ……っ」
「すっごい、とろとろ……」
 ぬるりとペニスを握り込まれ、悲鳴を上げそうになる。その強い刺激にハッとした。そういえば、今日はほとんど触れられていなかったような──
「リヴァイさん、まだ出てないですよ。お尻だけでイっちゃった?」
 エレンが嬉しそうにそう言ってリヴァイの顔を正面から覗き込み、そのまま身体を揺らした。身体のなかをせり上がるように快感が押し寄せて、エレンにしがみついて喘ぐ。またイってしまいそうだった。
「ふ……あっ、エレ、エレン……っ」
「つらい……?」
「声、むり……」
 今さらかもしれない。それでももう限界だった。声を出せないせいで、押し戻されて身体のなかをかき回す快感の波が苦しくてたまらなかったのだ。
「──わかった」
 エレンはリヴァイを抱え込み、繋がったまま立ち上がった。
「、っ……落ち、」
「ちゃんと掴まって……」
「これっ、おく、当たる……」
 エレンの身体にぎゅうとしがみつきながら、一歩ごとに揺れる身体の振動を内側から味わう。もう自分がイキそうなのか、イっているのか、よくわからなかった。ただずっと気持ちがいい。エレンに抱え上げられながら奥深くを突き上げられ、また身体中に電気が流れたようにびくびくと震えた。
「気持ちよさそ」
 歩きながら、エレンが嬉しそうに笑う。何か言ってやりたかったがそんな余裕もなく、今まで溜め込んだ分を吐き出すように「気持ちいい」と何度も繰り返した。エレンが寝室の扉を足で荒っぽく開け、ひんやりとしたシーツの上にリヴァイを降ろすと、奥まで入り込んでいたペニスがずるりと抜ける。
「やだ、やだ、エレン……早く、っ」
「……ん、いま、あげる」
 エレンのペニスが再び大きな音を立てて入り込み、腰を擦り付けられた。
「あっ、やっ、また、イ、……っ」
「リヴァイさん、もう好きなだけ声出していいよ。──気持ちい?」
 エレンが深く呼吸をしながら問うと、リヴァイはぶるぶると震え、涙を流しながら必死に「うんっ、んんっ」と何度も頷いた。
「気持ちいい……っ、エレン、あっ、好き……」
「ん、っ」
「エレン、好き……っ、あっ、そこ、ぁっ」
「……オレも」
 エレンはリヴァイの膝の下に腕を入れ、抱き込むようにして強く激しく腰を打ちつけ揺さぶった。リヴァイは泣きながら必死に喘ぐ。
「エレン、エレン、だめっ、……!」
「オレも、……好きだよ、大好き」
 ──なか、出してもいい?
 耳もとでエレンがささやいた。今までにはなかったことだった。エレンはいつもコンドームを使っていたし、たまにそのまま挿れてしまったときにも最後は必ず外に出していた。そう思った瞬間、沸騰した頭で答えていた。
「出せ、なか……っ」
「……うん、っ」
 エレンが射精に向かって激しく腰を振り始めた。リヴァイももう何度目かもわからない絶頂を感じながら、うわ言のように「なか、出して」と繰り返す。そのあけすけな言葉に自分で興奮した。
 ずっと欲しかった。言ってはいけない、とそれが理性の最後の砦であるかのように我慢していた気持ちが溢れ出す。エレンのを、俺のなかに出してほしい。
「リヴァイさん……っ、い、く」
 エレンが力任せに腰を打ち付け、自分のなかにエレンの熱い精液が注ぎ込まれるのを感じた。なかで何度も痙攣しながら、最後の一滴まで出し切ろうとするようにペニスが擦りつけられる。その荒々しい動物的な動きに興奮し、自分も反射的にエレンのペニスを締め付けた。幸福で、気持ちがよくて、身体がどろどろに溶けてしまっているような気がした。
 ──エレン。
 弛緩した口からだらしなく喘ぎ声を漏らしながら、自分もとろとろと射精していることをぼんやりとした頭で感じていた。
 
 *
 
 ハッと気がついたとき、あたたかなタオルでリヴァイはエレンに身体を拭かれていた。どうやらすこしの間、気を失ってしまっていたようだった。目を開いたリヴァイに気がついて、エレンは心配そうに顔を覗き込んだ。
「あ、リヴァイさん……身体、大丈夫?」
 大丈夫、と答えようとして、声がカラカラで出ないことに気がついた。
「無理させてごめんなさい」
 あたたかなタオルが気持ちいい。中途半端に着たまましたせいで、ぐちゃぐちゃになってしまっていた衣服は脱がされている。
「リヴァイさん」
「ん……」
 エレンが覆いかぶさり、口移しでペットボトルの水を飲ませてくれる。ごくり、ごくりと二度に分けて飲み込むと、エレンはようやく安心したように笑った。
「気持ちよかったですね」
「……そうだな」
 素直にそう言われて否定する気も起きず、もじもじと答える。
「大丈夫でした。酒飲んでも、ちゃんと勃ちました」
「あのくらいの量じゃ、そんな関係ねぇだろう」
 ずいぶん時間が経ってしまったような気がしていたが、寝室のカーテンを通して差し込んでいるのはまだ昼間の光だった。隣に寝転んだエレンに擦り寄ると、頭の下に腕をまわされぎゅうと抱きしめられる。
「今日はいっぱい初めてのことしましたね」
「……一際、ねちっこかったな……」
「じゃあ今度はもっとあっさり抱こうかな」
 なんと答えたものかわからず黙っていると、エレンがリヴァイの腹に指を滑らせ、臍の下あたりをぐっと押し込んだ。
「ぁっ」
 自分でも思いがけない声に驚いていると、エレンがそのまま周辺をぐいぐいと探るように押し、揺らした。マッサージのようでもあったが、なんともいえないむず痒い心地が身体に広がる。先ほどなかを擦られながら同じように押されたことを思い出し、じんと欲望が頭をもたげるのを感じた。
「っやめろ、それ」
「気持ちよくなっちゃうから?」
「違う」
 わざと突っぱねるように言ったが、まだじんじんと身体に残っている余韻をエレンはお見通しのようだった。そうですか、と余裕の表情で笑う。
「なんのつもりなんだ、それ」
「──開発」
「……は?」
 ここ、とエレンはリヴァイを抱き寄せ、耳の縁にキスをした。また腹の上に指を置いて、揺らしながら指さきを押し込む。むず痒いだけで、気持ちがいいわけじゃない。たださっきまで、エレンに挿れられていたことを思い出すから──
「さっき挿れてたところ、まだもうちょっと奥があるんです。今日やってみて、届くかもしれないなって思って」
「まだ、奥……?」
 エレンのペニスは、行き止まりに当たってそこを突いていたのではないか。あんな深い場所を突き込んでいたのに、さらに奥なんてあるはずない。
「いきなり挿れると痛いかもしれないから、ちょっとずつ開発していこうと思って」
 エレンは照れ臭そうな顔で笑って言う。
 ──そんなかわいい顔で。
 リヴァイはエレンの言葉と表情のギャップに頭を抱えそうになる。育て方を間違えてしまった。
「……なぁ」
「はい?」
「ベランダ、まだあたたかいと思うか」
「そんなに時間経ってないし、天気もいいし、あったかいと思いますよ」
「……もう一度飲もう」
 エレンは一瞬目を見開いたあと、「いいですね」と笑った。
 
 ぐしゃぐしゃによれてしまったラグを直し、ふたりはもう一度窓の縁に腰掛けた。光はあたたかく、風はやさしくて心地よいままだ。
「そういえば、実家に帰らなくてもよかったのか」
 大事な一人息子が成人したんだから、カルラたちも祝いたいのではないだろうか。リヴァイは横でもう一度ビールに挑戦しているエレンにそう聞いた。
「いいんです。ゴールデンウィークにでも帰るから。あの人たち、リヴァイさんと一緒にいるなら大丈夫だっていつだって満足してるし」
 エレンはリヴァイにビールの味のするキスをして、ごろんと寝そべった。リヴァイも同様に寝転ぶ。視線が変わり、ベランダの手すりと上の階との間に青い空が見える。春の風が吹いているのだろう、雲が動いている。
 考えていたことがあった。もうずっと、いつかは話そうと思っていたことだ。
「──そのことだが」
「うん。オレも、そのことなんだけど」
 エレンは上半身を起こし、リヴァイを上から見下ろした。
「オレも二十歳になったことだし、年齢は関係ないかもしれないけど、ちょうどいいかなって。今年のうちに、きちんと両親に話したいんです。リヴァイさんとのこと。もちろん、リヴァイさんのお母さんにも」
 同じことを考えていたことについて、リヴァイは驚かなかった。穏やかで幸せな春の日に、こうやってずっとふたりで生きていくことについて考えるのは、至極当然のことのように思えた。
「それは、俺が……」
「いえ、オレも一緒に。もうきちんと大人になったから、今後はきちんと、リヴァイさんのことも責任持たせてほしい。リヴァイさんの人生の責任、オレも持ちたい」
 エレンの琥珀色の瞳がリヴァイの目を射抜いた。表面に水が張っているかのように、つやつやとうるんでいた。逆光なのに、瞳の奥がキラキラ光っているように見える。この瞳がこうやって光るのは、自分の目を覗き込む時だけだ。そんなことを考えて恥ずかしくなり、視線を断ち切るように身体を起こした。
「生意気」
「いつも言ってるでしょ。ちょっとくらい生意気じゃないと、こんな大人のひと落とせません」
 ──大人。
 ずっと自分が保護者のような立場でエレンを見守ってきたが、いつの間にか精神的には対等になっていた。そして名実ともにエレンも大人になって、今では自分の方が守られているような気持ちになることもある。一五も年下のくせに、時々エレンはリヴァイを小さな子どもを慈しむような目で見つめるのだ。
「いつがいいかなぁ」
「夏くらいでいいんじゃないか」
「けっこう先ですね。リヴァイさん、緊張する?」
 答えに詰まった。エレンの両親を騙している、という薄暗い意識をずっと持っていた。信頼していたリヴァイと自分の息子の関係が、こんな乱れたものだと知ったら──
「大丈夫ですよ」
 ぐいと抱き寄せられ、頭を撫でられる。子どものように脇の下に手を差し込まれ、エレンの膝の上に抱き上げられた。じっと見つめられると、気持ちまで子どもになってしまったかのようだ。大人しく頬をエレンの胸に寄せると、あたたかな体温が心地よく、頼もしかった。そのまま自然に目を閉じる。本当に立場が逆転してしまったようだ。
「オレがいるから、大丈夫」
 エレンはもう一度はっきりと言った。
 ──本当に、生意気だ。
 そう思ったら、なんだか可笑しくなってしまった。ついこの間まで、学生服を着ていた子どもだったのに。
「何、リヴァイさん。……笑ってる?」
「いや、──笑ってない」
「笑ってるでしょ」
 真剣なのに。そう言ってむくれるエレンの胸に、笑いながら顔を押し当てた。
「……嬉しいんだ」
 エレンが言うと、本当に大丈夫だと思えた。エレンといると、いつも嬉しい。あたたかい。出会ったときからずっと、春の日が続いている。
 
 

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おわり